あなたは、誰かに尽くしすぎてしまうことはないですか?
このような人を、ある人を例えてアンティゴネ・コンプレックスと言います。
「父という病」から引用します。
ソフォレクスの悲劇にも描かれたアンディゴネは、テーバイの王エディプスの娘だった。
オイディプスが、父である前王を殺し、自らの母イオカステーと交わるという呪われた運命の結果、もうけた四人の子供の一人だ。ことの真相を知ったイオカステーは自殺し、オイディプスは自らの目を潰した。
盲目となったオイディプスは、イオカステーの兄クレオーンによって王の座を追われ、流浪の身となってしまう。そのとき、最期まで落はくの父親に付き添い、その面倒を見たのが娘のアンディゴネだった。
父親が亡くなった後、アンティゴネはテーバイにもどるが、そこでは父を追放した伯父クレオーンが王となっていた。アンティゴネの兄ポリュネイケースは、王位を取り戻すべく反乱を起こし、テーバイの城門に攻め寄せる。
しかし、奮戦空しくポリュネイケースは討ち果たされてしまう。クレオーンは、反逆者の屍を葬ることさえ禁じたが、アンティゴネは王命に逆らって兄の遺骨を葬り、捕らえられる。王クレオーンの怒りをかい、死刑を言い渡されたアンティゴネは、牢の中で自ら命を絶つのだった。
このような話について、精神分析医のロナルド・ブライトンは、アンティゴネが、問題のある父親に尽くし、また自ら犠牲となることを敢えてしてしまう点に注目して、過剰なまでに父親や男たちに尽くしてしまう女性の無意識の力動を、アンティゴネコンプレックスと名付けた。
ブライトンによれば、こうした過剰な献身が起きてしまうのは、幼児期の母との関係に困難を抱えたため、それを補おうとして、父親の過剰な理想化が起きる結果だという。そして、大人になってからも、父親の似姿を映し出した男性を理想化し、自らを犠牲にして尽くし続ける。
アンティゴネ・コンプレックスに見られるような、犠牲的献身は、「父という病」の産物でもあるが、その根底に「母という病」も抱えていることになる。
父親と母親が補い合う関係にあることを思えば、一方の不足がもう一方の過剰と同居することは、必然的な成り行きなのだろう。
しかし、表面的に現れ、自覚されることは、父親にとっての良い娘であり続けようとするとらわれだ。尊敬する父親にかしずき続けることこそ自分の使命だという思いだ。