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2020年11月28日土曜日

ACや引きこもりが生きていくための「お金」の話


最近、女性の自殺が増えたというニュースを聞きます。

確かに、現実は闇の中、未来も真っ暗闇ですから、誰でも不安になります。

私の死生観は死を否定するものではなく、自分が思う生を全うしたと思うなら、死を選ぶこともありえると思います。

ただ、今は多くの人が「混乱の中で死を選択」している気がしてます。

これは、非常にもったいないと思ってます。

死後の世界はわかりませんが、後悔する人も多いのではないかと感じます。


また、自殺の理由の一番多いのは、「経済的な理由」です。

女性はそれでもいろんな援助を探したりしますが、男性はすぐに死を選んでしまう傾向があります。

2020年11月27日金曜日

人生の壁にぶつかった時に考えたいこと

 あなたは、人生の壁に、ぶつかっていますか?

当然だ、と言われそうですが、多くのかたから、苦しそうなコメントをいただくので、大なり小なりの壁を、前にしているのかもしれません。 私たちは、なぜ、壁にぶつかるのか、そして、その壁に、どう向き合うのかを、考えていきたいと思います。 今日は、このような内容でお送りしました。 前半は、

人生の壁の正体とは

あなたの人生の壁は、自分で決めたものですか? 誰かから期待されたものではないですか? また、その壁は自分に合ってますか? たかすぎませんか?だから苦しいのではないですか? 後半は、

人生の壁に立ち向かうには

自分を理解する、とよく言いますが、その理解がそもそも高く設定されているなら、目標も高くなり、その結果うまくいかない場合は、失敗したと言う自分にレッテルを貼る作業を繰り返してきたのかも知れません。 これは、自分を卑下しろ、と言う意味ではなく等身大の自分を知り苦手とか得意なことなどを、もっと知ることも、大事だと思います。 また、自分の使命とか信念を入れると、諦めそうなとき、壁に立ち止まったときに、後ろからつよく支えてくれます。
・・・続きは動画でどうぞ!

【動画内でご紹介した動画や関連動画】

身近な人に相談しても悩みが解決しない理由


人生に飽きたというかたへ


捨て身で生きれば人生が変わる


執着だらけの人生を 意味のある人生に変えるための法則


人生がおかしくなった理由


人生をやり直すための方法


※自動音声になります。苦手な方はご遠慮ください。

あなたを不幸にする人の3つの特徴

 どんな人が、あなたを不幸にすると思いますか?

それについては、実際に経験をした、あなた自身が一番よくわかっていると思います。 ただ、人間の特徴として、そのような、あなたを不幸にする人を、そのあともなんども選んでしまうと言う特徴があるように思います。 そして、同じようにわかれをくり返していくとどうなると思いますか? 「人間なんて、同じようなもんだ、誰も自分を理解してくれないし、大切にしてくれない」となります。
でも、実際は、あなたを不幸にする人を、そのあともなんども選んだことで同じような扱いを受けているだけなのかもしれません。 今日は、このようにあなたを不幸にする人を、どうやって判別し、そして、どうやってこのパターンを変えていくかを、考えていきたいと思います。 今日は、このような話をしました。 前半は、

あなたを不幸にする人の3つの特徴とは

今回は、否定、距離感、欲、と言う3つをあげました。 これは、私の考えたものなので、あなたの中でも、自分を不幸にしてしまう人を、整理しておいて、初対面の時などに、当てはまらないか、チェックすると良いでしょう。 大抵は、初対面の時に、何かおかしいと思った場合は、その通りになるものです。 その判断を誤るのは、自分の中の、期待や欲なのです。 後半は、

幸せのパターンを知る

幸せのパターンを知るには、不幸のパターンも知っておく必要が、あったのです。 もし、自分自身が不幸体質な場合は、まずは、そこから取り組みます。 自分を、観察する、気づく、修正する、の繰り返しです。 そして、これから幸せのパターンを作っていくには、 1.賢い選択をする
2.傷ついた時の対処法を考えておく 3.イベントなどに注意する この3つに注意しながらも、まずは、自分から友達、恋人などが欲しいと、募集してみましょう。 これは、ネットで募集するとかではなく、話してみて、自分を不幸にする人ではない、幸せにする人だと感じたら、次の約束をしてみる、ちょっとだけ距離を近づける、などを試してみることです。 ・・・続きは動画でどうぞ!


【動画内でご紹介した動画や関連動画】

自分を大切にする方法ーまずは自分の不幸を受け入れることー


不幸と認められない理由


レジリエンス(トラウマを克服すること)を邪魔するものとは?


※自動音声になります。苦手な方はご遠慮ください。

2020年11月26日木曜日

サイコパスとソシオパスの違い

 


以前に、「私は特別だ」と思う心理で「私はどうもソシオパスだ」という話をしました。

すると、動画のコメント欄から「サイコパスについても教えて」と言われたので、今回 ブログを書きたいと思います。

まず、サイコパスは、精神病質者と言われます。

また、ソシオパスは、社会病質者と言われます。

ソシオパスに比べてサイコパスの方が、ずっと有名なのでなんとなく知っている人は、多いと思います。

実際に身の回りでも、「この人はもしや・・・」という人もいると思います。

人口の3パーセントが、この両者を含めた「反社会性パーソナリティー」だということです。

多いのか少ないのか、判断は難しいです。

今回は、そんな中で、サイコパスとソシオパスはどう違うのか、という視点でお伝えしたいと思います。

2020年11月25日水曜日

勇気をくじいた子供に何ができるか?

 



突然ですが・・・


「勇気をくじく態度」ってどんなものだと思いますか?


これは、勇気をくじかれた方へという動画で、このような人が、相手の勇気をくじく・・つまり、勇気を失わせてしまうという話をしました。


勇気をくじく人


1.恐怖によって何かをさせようとする人

2.悲観的なマイナス思考の人

3.原因志向の人

4.人の話を聴けない人

5.重箱の隅をつつくような人

6.皮肉っぽい人


あなたもこのような人に、しつこくされて、勇気をくじいた経験はないでしょうか?


その逆に、親などが子供にしてしまっている場合もあります。


先日、勇気をくじかれた方へという動画を出した時に、このようなコメントをもらいました。


子供の勇気をくじいたのは私だったんだと気付かされました。

立ち直らせる為に私にできることはあるのだろうか?


ということです。


最初に言っておくと、このように「自分のことだ」と思ってくれる親は、すごく稀です。


つまり、それだけで子供にとっては救われることです。


2020年11月23日月曜日

「私は特別だ!」と思う心理



私はソシオパスだった?


 あなたは、「私は特別だ!」と思いますか?

または、過去にそう思っていたことはありますか?


このような思考は、私には強くあります。

ようやく気づきかけたところです。

だからこそ、このようなことを伝えることが、極端にすくなかったと反省してます。


このように「私は特別だ!」と思っている人は、結構多いように思います。


特別だとは思えなくても、何かについての能力は人並み以上ある、という思い込みは、一般の人でも多いそうです。

これによって、モチベーションが上がるなら良いけど、この特別感によって、逆に周りの人がしていることを拒否したり、バカにするようなことがあると、問題だと思います。

例えば、よく言われるのが「私は病気なのにこんなこと言うのはひどい」なども、特別感ではないかと思います。

この言葉の裏には、「病人は大事にしろ」と言う気持ちが、見え隠れします。

これは、高齢だから大事にしろ、などもそうなのかもしれません。

こうして、せっかく出来上がった仲間意識やコミュニティーなどを、ゴジラのように壊してしまうのかもしれません。


このような人を、アドラーは病気だと言います。

社会的な病気、社会病質者(sociopath=ソシオパス)のことです。

なぜかと言うと、社会で共に暮らしていくと言う「運命共同体」を拒否しているからです。


また、そこまではいかなくても、会社の仲間と協力できない人などは、多くいると思います。

これを、「協力への躊躇」と言います。

この原因は、協力して何かをすると言うトレーニングができてないからです。


2020年11月21日土曜日

焦ってしまう心理

 



ACとか機能不全家族などで育った人は、とにかく「焦る」人が多いと感じる。

もちろん私もそうだけど、「焦る」「焦る」「焦る」。

きっと、後ろから「もっと頑張れ」とか「ちゃんとやれ」とか「失敗するな」と言われて、恐怖を感じていたことの名残りだと思う。


これは、感情的なことばかりではなくて、「結果も焦る」ように感じる。

「すぐに結果を出したい」「なるべく早く答えが欲しい」「すぐに親密になりたい」

このような傾向はないでしょうか?

これも、いきにくさに繋がる気がします。


私などは、あまりにも早く歩くので、よく注意されたことがあります。


こうやって焦っているうちは、自分の中に、自分を焦らす存在がいるのだと思う。

また、多くの人は気づいてないけど、相手にもこの「焦り」を要求していることがある。


例えば、それほど会話もしていないのに、「付き合いたい」と迫ったり、

たいして仲良くもないのに、すごく大きな期待をしてしまったり、

そして、その期待が叶えられないと、大きく落ち込んだり、相手に怒りを感じることもある。

こうして、私たちは余計に追い詰められていく・・・


きっとこれは、「強迫観念」で、もちろん幼い頃の記憶が、たまにフラッシュバックすることもあるし、人によればいつも焦っている人もいると思う。


これを止めようとしたら、さらに自分を追い詰めそう。


ただ、この「焦り」に気がついて、そこで深呼吸なりの自分のルールを作れば、少なくなっていくと思う。


でも、私たちは、このような悩みを持つ場合、焦りを減らすのではなく、焦らないために早く処理する努力とか、相手の支援を期待したりする。


この違いにしっかりと気づくことが大事だと思う。


ただ、ここまで焦りが無意識でも感じるのは、それだけ長い年月、何度も焦らされたんだと思う。

「ほんと、よくやってきた」と、自分をねぎらいたいですよね。

そして、そんな自分を守るためにも、自分を焦らすものは、パーンとはねのける。

だからってわざとゆっくりはアレですが・・。

でも最初のうちはそれくらいしないと、焦りグセから抜け出せないかも!


最初にも言いましたが、私が歩くのが早いのは、生まれつきだと思ってました。

でも、今は、まったく早くないのです。

というか、前のようにコツコツと、靴の音を鳴らしてせわしなく歩く、ということがなくなったということかもしれません。

きっとこのように、「焦り」も心の持ちようで変化するのだと思います。


でもまぁ、そう焦らずに・・・🤗


ビクビクしてしまう心理(被責妄想について)



こんな人生と向き合う「覚悟」はあるか?

 あなたは、どんな人生を歩んでいますか?

なんか、コロナなどがあって、今まで経済的格差などが、ついてきたことも、一度振り出しに戻った感じもあります。 つまり、誰も身動きできないと言うことですが、前向きに考えると、スタート地点とも言えます。 そんな状況で、今回は、特に、タイトルの中にもある、覚悟について考えてみたいと思います。 なぜなら、私たちの違いとは、もしかすると、覚悟の違いなだけではないか、と思い始めています。 どうして、覚悟が持てないのか、また、どうすれば覚悟をもてるのかを、ロロメイの言葉をお借りしながら、考えていきたいと思います。 今日は、このような話をしました。 前半は、

覚悟が持てない理由

自己敗北性パーソナリティーなどとも、関連して考えてみましたが、自分はダメだ、と思ってほしい人が、近くにいた可能性は高いです。 でも、その疑いをはねのけて、今まで盲信してきた人も、多いのだと思います。 後半は、

どうすれば覚悟をもてるのか

一言で言えば、真実を見る勇気を持つこと、です。 もしかすると、それだけのために、長い年月を、過ごしてきたのかもしれません。 つまり、真実から目をそらすために、です。 真実を見るのは、ショックなこともありますが、それによって、他人の人生ではなく、やっと、自分の人生に戻ることができるように思います。 ・・・続きは動画でどうぞ!


【動画内でご紹介した動画や関連動画】 ロロ・メイの心に染みる22の言葉

※自動音声になります。苦手な方はご遠慮ください。

2020年11月19日木曜日

誰かの言葉に傷ついた時

あなたは、誰かの言葉に傷ついたことはありますか?

もちろん、私はしょっちゅうあります。

先日、このようなコメントをいただきました。

塾の先生に、「お前は横柄でいつも他者を見下している」と言われてすごいショックだった。

しかも、「お前は変わらなくて良い」と言われて余計に混乱した。

という内容でした。

これは、かなり失礼な対応です。

塾の先生という立場を利用して、パワハラをしているようにしか思えません。

ただ、このような攻撃を真に受けてしまう人は多いです。

特に、親などから同じような扱いを受けている人は、それが習慣化しているので、他の人から同じように対応されると「やっぱり私がダメなんだ」と、さらに強化してしまいます。

きっと、この塾の先生も、このコメント主さんにそのような傾向を見つけて、失礼な対応をしてストレス発散などをしていたのだと思います。

しかも、「お前は変わらなくて良い」などと、本人が決めるべきことを、自分で決めて優越感を味わっている感じも、小憎たらしいですよね。。

では、このような場合、どのように受け止めて、どう返して行ったら良いかを、考えてみたいと思います。


言葉の力


私もこのことに気付くまでは、「言葉」だけに敏感に反応していました。

これは、言語力という本にも買いてありましたが、人間にとって、あまりにも「言葉」が便利だからこそ、言葉を信頼しすぎるという傾向が強いそうです。

例えば、悪口を言われた場合、その「言葉」だけが心に残ってしまうことは、当たり前すぎて疑問に感じたこともないと思います。

でも、本当に重要なのは、悪口を言った人との「関係性」だと思うのです。

その人をあなたも嫌いなら、「勝手に言っとけ!」となるのが、本来なのだと思います。


関係性を分ける



例えば、関係性を3つに分けるとして、

  1. 大切な人
  2. 義務で付き合う人
  3. 嫌いな人、どうでも良い人

このように分けたとします。

そうすると、自然に付き合いかたも、心の開きかたも、変わってくると思います。

例えば、

1.大切な人の場合


相手を知るための会話を少しづつ増やす、など。


2.義務で付き合う人


正確に伝えることが大切、など。


3.嫌いな人、どうでも良い人

なるべく距離を置くようにするが、必要な場合は書面などを残す、など。

いかがでしょうか。

これは、人によってルールは違ってくると思います。

ただ、このように大切な人と、嫌いな人などを、同じ扱いにするのは、ダメってことです。

この辺の線引きがあやふやだと相手に見透かされると、最初のコメントのかたのように、適当なことを言われて、ストレス発散のはけ口にされてしまいます。


こうすれば、例えば同じ言葉を受け取ったとしても、「相手との関係性」によっては、ショックなこともあるでしょうが、全く気にしなくても良いと思えることも、増えてくると思います。

つまり、受け取った言葉よりも、誰が言ったのかが大事なのです。

この辺の曖昧さを、これからはしっかりと境界を作っていくことが、自分を守るためにも必要になってくると思います。


大切な人の場合は、その前に「信頼関係」が築かれているはずなので、それがあると関係性は盤石なものになります。

つまり、多少の言葉の違いは、すぐにお互いに修正しあったり、理解しようと努力するので、大きな問題にはなりにくいです。

気をつけたいのは、好きでないけど義務の付き合い、会社の関係とか親族関係などもあると思います。

また、その中には三番の嫌いな人も含まれるでしょう。

このような場合に、言葉の誤解が生まれないように、気をつける必要があります。


言葉の誤解が生まれないようにするには?



前に、誤解のないコミュニケーションを取るための言葉選びの五つの方法という動画でも言いましたが、以下の5つに気をつけたら、誤解はぐんと減ると思います。


まず、一つ目は、

主語を「私は」にする


ユーメッセージではなく、アイメッセージです。
これは、発信源が自分なので、当たり前ですが、本当のことに近いので、誤解は生まれにくくなります。

次に、二つ目は、

時制は、過去形にする


あなたは浮気をする。
では、ずっと浮気をする人間だ、と言う意味合いが入ってしまいます。

そうではなく、あなたは過去に浮気をした。

といえば、事実に近いでしょう。



次に、三つ目は、

なるべく行動を言葉にする


あの人は、寂しがっている。では、発言者の思いが入ってしまいます。

本人は寂しくないかもしれません。

そうではなく、あの人は、涙を流していた。といえば、行動を言葉にしているので、誤解が生まれにくくなります。



次に、四つ目は、

形容詞や形容動詞を使わない


形容詞や形容動詞などは、言葉のとおり、大きさとか綺麗さなどを、表現するものです。

でも、これは、個人の感想になることが多く、推論や断定に偏ってしまいます。



最後に、五つ目は、

引用をしない


これは前半でも言ったように、またぎきを防ぐことになります。

いかがでしょうか。

いやー言葉って難しいですよね。ほんと。

でも、本当は言葉よりも、人間が大事なのでまずは、「言葉に踊らされない」ようにしたいですよね。

ちなみに、最初のコメントの、塾の先生が言った「お前は横柄でいつも他者を見下している」というのは、誰のことだと思いますか?

私は、その塾の先生自身のことを、投射したものだと受け取りました。


投射とは・・・

心理学における投影とは、自己のとある衝動や資質を認めたくないとき、自分自身を守るためそれを認める代わりに、他の人間にその悪い面を押し付けてしまうような心の働きを言う。たとえば「私は彼を憎んでいる」は「彼は私を憎んでいる」に置き換わる。ウキペディアより


これからは、言われた瞬間にそれに気づいて「投射だ!」などと、すぐに反発して相手に返せるようになると、傷つくことは減ると思います。


動画はこちらです






誤解のないコミュニケーションを取るための言葉選びの5つの方法


自分の境界を知り、堂々と主張するには?





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2020年11月17日火曜日

無価値感を捨てる方法

 あなたは、自分が無価値だと思っていませんか?

例えば、同じような境遇でも、自分に価値を感じる人と、無価値感をつよくもっている人などがいます。 例えば、仕事の同僚などを見渡しても、わかると思います。 同じような収入、生活、などであっても、満足している人と、満足していない人に、分かれます。 これは、どちらが正しいのでしょうか? 今日は、このように、自分が無価値だと感じている人に、お伝えしたいと思います。 前半は、

無価値感が生まれる理由

無価値感とは、すごく主観的であいまいなものです。 その人にとって、影響力のある人などが、無価値だと言えば、そうなんだと受け取るでしょう。 そして、受け取った本人が、毎日、呪文のように、自分は無価値だと唱え続ければ、それは事実となり、性格の一部になってしまいます。 具体的には、 1.あなたが無価値感を感じているなら、すぐに捨てること 2.人間の価値は平等で不変だと知ること 3.自分の人間としての価値を否定しないこと 4.ちゃんと自分を理解して、価値基準を自分で決めること となります。 後半は、

無価値感を捨てる方法

このように、長年蓄積された、自分は無価値だ、という思考の習慣を、新しい思考によって、塗り替えていくことが、必要になります。 自分の無価値感を捨てるには、あなたを無価値だと言った人に対しても、「価値がある人間だ」と、思えなければたんなる仕返しなどで、終わってしまうでしょう。

これは、あくまでも相手のためではなく、自分のためです。

仕返しなどをしたら、後々罪悪感などに苦しみますから・・ 自分は誰かを無価値だと言い放つことができるとしても、そんな判断をしないで、水に流すことが、「自分には価値がある」のだと最終的には思えるようになる判断だと思います。 ・・・続きは動画でどうぞ!

【動画内でご紹介した動画や関連動画】 何が起きても平気になる方法

自分にやさしくする方法

※自動音声になります。苦手な方はご遠慮ください。

復讐は蜜の味?

 


以前に「復讐したい」「復讐したい」とやたら連呼する人がいて、ちょっと驚いたのですが、タイトルのように、復讐をすると決めると、ワクワクしてやる気が出てくる人が研究的にも多いようです。(読んだ本をリンクしておきます→自信過剰な私たち

そうならば、私の心のどこかにも「復讐したい」という気持ちがあって、日々何かに少しづつ復讐しているのかもしれません 😈

では、どうして人は、復讐をしたくなるのでしょうか?

私は、依存と敵対心が大きく関係していると思います。

依存と敵対心とは、全く逆のようにも思えます。

例えば、すごく人懐こく積極的に絡んできた人が、その人の思う反応をしないと(多分、反応を最初から想定しているはず)、今度は強烈に怒ってくる、などはよくあることです。

妄想的な恋愛などでもそうですね・・。

これも、依存と敵対心です。

依存の結果、期待した報酬がないので、今度は敵だ!となるのです。

「勝手に依存(期待)しながら、報酬がないと切れるなんて!」という正論は置いておいて、このような思考が自動的に〜流れるように〜出てくるのだと思います(まさしく自動思考)。

このことからも、依存の強い人が、生きづらさを感じる理由が、すけて見えてきます。

このように、相反する感情(両価感情)を共存させたままで生きているのが、そもそもストレスなのだと思います。

依存したい人に敵対心を持つのも・・

敵対心を持つ人に、依存しようと思うのも・・

どこかに無理があります。

これは、前のブログで「安全基地」の話をしましたが、まさしく「安全基地」を持たない人が陥りやすい思考パターンのように思います。

「安全基地」を持つ人なら、そんな面倒なことしないで、「さっさと切り上げて、自分の居場所へ戻ろう」となるはず。

でも、「安全基地」を持たないなら、そうやって嫌な人に依存したり、依存した相手に復讐したりして、とりあえずの居場所を見つけたり、時間をつぶしをします。

では、どうしたらこのような繰り返しを止めることができるのか?

言ってしまうと簡単だけど、自分の居場所を「安全基地」とまではいかなくても、少しは安心できる場所にすること、ではないでしょうか。

つまり、

  • 敵対心を持つ人からは離れる
  • 依存する気持ちは、抑えるようにする(自分に依存する)


このような意識化をすると、少しづつ偏った人間関係や思考が、希釈されていくように感じます。

イメージでは汚れた水が、少しづつ新しい水を加えることで、綺麗になっていくような感じです。

一変に変えたくなってしまう気持ちを抑えるのも、大切です。

一変に変えるのは、すぐにさっぱりして気持ちが良いけど、目立つので反対とかを受ける危険もあります。

本当にやりたいことは、しっかりとした計画と、さらにひっそりと始めることです。


ただその前に、自分が依存と敵対心を持っていることに、気づくことですね・・

これが、一番難しいのだけどもっ。



・しがみつく女と殻に入る男の共通点

   共依存的な恋愛パターンを繰り返しているかたは、ぜひ。



2020年11月16日月曜日

限界を知らないと言うこと



 昨日アップした「あなたを不幸にする人の3つの特徴」と言う動画で、偶然出てきたのだけど、「限界を知らない」と言うことは恐ろしいと感じたので、ブログに書こうと思います。


以前に愛着障害の動画などで説明したことがありますが、私たちは子供のときに、親などから「限界」を教わります。

これは、「ここまでは大丈夫だけど、この先は危ないからね」と言うような教えです。

動物なども同じですよね。

ところで、あなたは、このような「危険」とか「限界」などを、学んだ記憶はあるでしょうか?(身をもって学んだと言えるかも知れませんが・・)

つまり、あなたの家が危険な場所である場合は、「この逆ではないか?」と思ったのです。

「この先は危ないからね」と言う場所が、自分の居場所であり、「ここまでは大丈夫」と言う場所ではなかったはず。

また、危険な場所にいってしまって怒鳴られたり、発狂されたことはあっても、それは、危険を教えるためと言うよりも、そのことで自分の評判が下がる、と言うような怒りのぶつけかたをされてきたのではないでしょうか。

つまり、タイトルの限界を知らない、と言うよりも、限界を過ぎてもまだ収まることのない脅しのような要望や期待の中で、生きていたのではないでしょうか。


安全基地というよりも、危険地帯・・

危険地帯であり、無法地帯・・


ちなみに、安全基地は、メアリー・エインスワースによる考えです。

ウィキペディアを抜粋します。


人間の愛着行動に関する概念である。

子供は親との信頼関係によって育まれる『心の安全基地』の存在によって外の世界を探索でき、戻ってきたときには喜んで迎えられると確信することで帰還することができる。

現代においては子供に限らず成人においてもこの概念は適用されると考えられている。


このような安全基地もなく、しかも教えるはずの人から、虐待やモラハラ的な扱いを受けるのであれば、それはなんとも危険で脆弱な基盤の上で、生きてきたことがわかると思います。

それほどまでにするのであれば、捨てれば良いのに、さらに絡みついて離れない。

こんな不合理があって良いのかと思っています。

とりあえず、こんな経験をしてきた人は、まだその人たちの要望などを叶えるための努力をしているのかな?

それなら辛いな。。。

とりあえず、「よくやってきた」と自分を労ってほしい。

あなたの安全基地はどこですか?




あなたを不幸にする人の3つの特徴


【愛着障害】愛されなかった人が生まれ変わるための5つのステップ




2020年11月15日日曜日

自己愛家族

あなたは、自己評価が低いですか?

また、誰かと親密な関係を持つことが、難しいですか? また、自分の感情がわからない、と思うことがありますか? このような人は、自己愛家族に育った可能性があると思います。 この、自己愛家族は、書籍の名前ですが、アルコール依存や虐待がなくても、ACではないかと思っている人の育った家族のことです。 心理的な抑圧の強いいわゆるひんが良さげな病んだ家族、ということでしょうか。 当てはまると思ったかたは、今回の動画にあっている人だと思います。 今日は、このような内容で、お送りしました。 前半は、 自己愛家族とは 自己愛といっても、親の枯渇感から始まり、大切な子供時代をその親の枯渇感を埋めるために捧げた子供たちのいるグループが、自己愛家族です。 その中で、子供はどちらに投げるともわからない、親の投げたボールを、取りに行くことで、少しの居場所を見つけて、生きてきました。 この影響が、大人になっても、つよく出てしまうことが、エーシーの生きづらさの原因です。 後半は、

自己愛家族出身の回復とは

過去のあの経験は、間違っていたんだ、と本音で思えるようになることです。 あまりにも長期間の経験は、すぐには回復とはいかないと思います。 なぜなら、気づくまでに時間がかかるからです。 ただ、外科手術が必要なわけでもなく、自分の思い込みを修正していくことが、回復の要となります。 一番良いのは、どうでもよくなること、もう、自分を邪険に扱うような人に、エネルギーを使いたくないと、決意できること、です。 ・・・続きは動画でどうぞ!


【動画内でご紹介した動画や関連動画】 自己愛家族をアマゾンで買う👉
http://u0u0.net/Vfry 自己愛をこじらせた人への対処法

自己愛を満たすには?

自分を乗り越えるワーク

【愛着障害】愛されなかった人が生まれ変わるための5つのステップ

※自動音声になります。苦手な方はご遠慮ください。

2020年11月14日土曜日

ロロメイの心に響く22の言葉

 ロロメイはアメリカ合衆国の心理学者です。

臨床心理学者でありアメリカにおける実存心理学の開拓者です。

カールロジャーズ、エイブラハムマズローらと共に人間性心理学を代表する1人と見なされています。

両親の離婚姉妹の精神障害といった困難を抱え多難な成長期を過ごしたそうです。

このような経験によりロロメイの編み出す言葉は真実と心を病んだ人たちへの共感があふれています。

では早速行きましょう







ロロメイの言葉 1

自らの弱さを感じ取っている人は
弱いものいじめをやり

劣等感のある人は
ほらふきになる


これは意識と無意識が乖離することにつながります。

それこそが悩みの元であるのではないでしょうか。




ロロメイの言葉 2

空虚感と無力感のもつ最大の危険は

それがはやかれおそかれ
苦痛にみちた不安および絶望に至りつく
ということであり

しかもそれが訂正されないかぎり
価値意識の喪失、もっとも高貴な

人間性をも阻止してしまうことである


これは空虚感と無力感を改善していくためには、あとに出てきますが「勇気」を持って自分を空虚に感じさせる存在と戦うことだと思います。

実際に戦うかどうかが大事なのではなく、戦う勇気を持って生きることが大事なのです。 




ロロメイの言葉 3

子どもが新しく一人立ちしようとしているとき

わずかな支えも与えられないほど
両親が意識的ないし無意識的に

自分たちだけの目的や快楽のために
子どもを利用したり

子どもを憎んだり拒否するようなとき

子どもは両親にしがみついて
拒絶と頑固さという形でのみ独立心を満足することになる


独り立ちをしようとするときそれを支える親がいることはとても幸せです。


でももしそのような親でないならそれに自分自身がちゃんと気づくことが何よりも重要です。


多くの子供たちは愛のない親が、自分を支えてくれていると思い込もうとしてブラックホールに入り込んでしまうのです。




ロロメイの言葉 4

子どもが試験的に「いや」とはじめて言いだすとき

両親が子どもを愛し勇気づけるよりも

かえって子どもをぶつようなことがあれば

その後子どもは本当の独立できる力の表現としてではなく

単なる反抗としていやというであろう

 


この試験的にいやとはじめて言いだすのは、自己主張の始まりです。


でもこのように自己主張を否定されると、多くの子供は自己主張を諦めるか、もしくは思考をそこで停止させて、あえて考えないようにしようとします。


もう少し元気がある子供なら、反抗をしようと試みるでしょう。






ロロメイの言葉 5

もし両親自身が揺れ動く時代の波に押しまくられ

どうしようもない不安状態に投げ込まれ

自分自身に自信がもてず自己疑惑に悩んでいれば

この両親の不安は子どもに伝わり、子どもを支配し

子どもは自分でも進んで自立しようとすることが

危険な世界に生きていると思うようになる



特に一体化している親子の場合は、親と同じように感じてしまう傾向が強くなります。

でも子供自身はその不安は自分の中から生まれたと自分を責めることになります。






ロロメイの言葉 6

もし人間が人間としての「潜在力の実現」につとめないなら

人間はそれだけ萎縮し病気になってしまう

これが神経症の本質である。




潜在力の実現とは自分が持っている力を伸ばしていくことです。


この力を見出せない親は多いです。


しかしもっとたちが悪いのはせっかくのその潜在力をバカにしたり否定することです。


そうして子供たちは大きくなっても何もできない何の価値もないと、思い込むようになります。






ロロメイの言葉 7

自己断罪は代用的価値観を得る、最もてっとりばやい方法である。

ほとんど価値観を喪失してしまった人々は

一般にきわめて強力な自己断罪的要求をもっている。

自罰は無価値感や屈辱感からくる苦しみを消す 
 もっとも容易な方法だからである。



自己断罪とは自分に罪を与えることです。


これは先ほどの五番目の潜在力の実現に失敗し、自分への無価値感を募らせた結果ではないでしょうか?

そして何もかも自分が悪いということにして親の罪も一緒に請け負ってしまうことになります。





ロロメイの言葉 8

「もし自分がこんなでなかったら・・」

 

「もし悪くないなら、両親はわたしを 
愛してくれるだろうに・・」

これはどういうことかというと
全力を出し切ることを避け

自分が愛されていないことを知る恐ろしさを、 
回避しているのである。



私たちの悩みやその中にある怒りのほとんどは、愛を受けられるはずの人から実は愛を受けられないと、気づいたことが始まりではないでしょうか?


そしてそれを確信しないためあるいは、他者から気づかれないためにいろんな努力をしてきたのかもしれません。


原点に戻るには、ロロメイのいうように、自分が愛されていないことを知る恐ろしさを回避するのではなく、直視することだと思います。


「私は愛されていないのだな」と言ってしっくり来るまで何度も繰り返してください。


案外、認めてしまうと、スッキリするものです。





ロロメイの言葉 9

われわれのたたかわねばならない心理的な闘いは、われわれの依存欲求とのたたかいであり、

自由に向かって前進するときにあらわれてくる

不安および罪悪感に対するたたかいである。

 


悩んでいる人のほとんどは、誰かに依存しようとしてうまくいかずに悩み、

その悩みを誰かに解決してもらおうと依存し失敗するケースが多いのではないかと思います。


この悪循環のループを終わらせるには依存問題を自分で解決することになると思います。


ではどうしたらいいのでしょうか?


これもロロメイの言うように「依存をするしないではなく依存欲求とのたたかいである」ことを認めることだと思います。


つまり依存の欲求不満を私はどうするか?です。



 

ロロメイの言葉 10

私たちに勇気がでない理由は、

いちばん恐ろしいことは集団から離れはみ出してしまい 
集団と調和しないという事実である。

孤立して一人ぼっちになるとか

あるいは社会的孤立すなわち笑われあざけられ 
あるいは拒否されるのが恐ろしくて

人々は勇気が出ないのである。


 

多くの人が協調という名前の同調もしくは迎合で、孤独から身を守っているように思います。


それは孤独が怖いというよりも、孤立している状態だと自分が見られることが怖いからのように思います。


これは他者評価が気になって仕方がない証拠です。


でも人や状況によっては孤独になる必要があるのに他者評価だけのために、大切なプロセスを経験せずにいるのかもしれません。


大切なプロセスとは自立への準備のことです。



 

ロロメイの言葉 11

創造活動が大量の勇気を必要とする理由の一つは

創造とは、幼児的過去への結びつきから自由になることであり

新しいものが生まれるためには、 
古いものを破壊することである。

勇気は、安全な場所からの離脱を意味する。

 


これは創造活動といっても単なるクリエイティブな仕事とかそういうことではなく、自分らしくとか自分はどう生きるといった意味が強いと思います。


「自分はこう生きたいので幼児的過去への結びつきから自由になる」


と決意をして自分から行動していくことです。


そこで反対されたりバカにされることに立ち向かう「勇気」が必要になるのです。

 


 

ロロメイの言葉 12

みずからの自由を守るため

時々おこってくる重大な決定だけでなく、 
一つ一つの煉瓦を積んでゆく。

ささいな決定にあたっても勇気は必要とされる。


 

私たちは自立や自己主張を始めようとするとき、とかく大きなことをいきなり始めようとして失敗することがあります。


いろんな人のチャレンジを見ていてもわかるように初めてのことは失敗する確率は高いものです。


だからこそ毎日のちょっとした選択とか決定事項から少しづつ勇気を使って自分の自由を獲得して自信をつけていくことが大切

だと思います。


大きなことは最後の最後です。


それまでは練習練習です。



 

ロロメイの言葉 13

人の勇気を発達させるにあたって
最大の邪魔ものは

自分自身の力に根ざさない生き方を、 
強いられるときである。


 

これは誰かの望む自分像などを受け入れて育てようとした場合


最終的には自分は何者なのかどう生きれば良いのかわからなくなるということです。


あなたが今自分は何者なのか、どう生きれば良いのかさっぱりわからないなら、逆に考えてみることです。


つまりどこで自分自身の力に根ざさない生き方を強いられたのか?とです。


その地点に戻って自分の勇気を取り戻す必要があるかもしれません。

  



   


ロロメイの言葉 14

自分自身の力について内心しばしば無意識的に自信のない親は

自分のこどもに

とりわけ勇気、独立、攻撃性などを要求する傾向がある。

 




これは何かスポーツをやらせたり、有名人にさせるというようないわゆる支援ではなく親主導の仕掛けをするケースのことだと思います。


これは自己実現を子供にやらせるという親の代償行為であり、そこには子供への愛というより、自分への愛しかないのかもしれません。その地点に戻って自分の勇気を取り戻す必要があるかもしれません。

    


 

ロロメイの言葉 15

親の期待にそって生きることは

親からの賞賛や賛辞を得る方法であり

親にとっての掌中の玉であり続ける方法である。


このように虚栄や自己愛(ナルシシズム)は

勇気の敵である。

 


掌中の玉とは手のひらの上で転がされているという意味です。


あなたが必死でやってきた努力はこのような愛のない人を満足させ、さらに期待をいだかせてしまうことに協力してしまっているのかもしれません。

  


   

 

ロロメイの言葉 16

ほめられたい好かれたいという強迫的欲求について

なぜ自分をそんなに大事にするかというと

自分が自らを愛するゆえでなくて

美貌とか智恵とかあるいはおとなしい振る舞いとかいったものが

親からいい子だといってもらうための手段になっているからである。


 

承認欲求の依存が高いとどうしても、健康な人から避けられてしまいます。


なぜなら「承認欲求を私たちで満たしたいのだな」と健康な人からはわかるからです。


でも承認欲求は依存性がとても高いので一度与えたら最後追いかけられることがわかっているから避けるのです。

  


   

 

ロロメイの言葉 17

賞賛され賛美されたいという強迫的欲求は

われわれの勇気を徐々に弱めてしまう。

もはやわれわれは自分自身の信念より

むしろ他人の信念によりかかってたたかうことになるからである。

 


他者が重要になることは、自分を弱めることにつながります。


そして問題なのは強迫的欲求とは、誰からも賞賛され賛美されたくなることなのです。


つまり相手が極悪人であっても、強迫的欲求がある人は人を見分けられず誰でもいいので騙されます。


賞賛され賛美されたいという気持ちがつよいと知ることは、自分を守るために非常に必要なことなのです。

     


   

 

ロロメイの言葉 18

われわれがだれかの賞賛を目当てに行動するとき

その行動自身は自分に対する弱さと無価値さの感情を、そのまま思い出させるものである。

そうでなければ自分の態度を卑劣な目的に使う必要は、なにもないであろう。


 

自分に自分で価値があると信じていれば誰かの賞賛は必要なくなります。


誰かの賞賛のために大切な時間やエネルギーを使っているならすぐにやめるべきです。


これに気づくには、何かをしようとした時に自分のためか相手のためかを考えることです。


相手のためだと思ったならやめておきましょう。


また必死で働くあなたをバカにしながら利用している人が、きっといるはずです。


それが見つけられるようになりましょう。

     

 


   

 

ロロメイの言葉 19

勇気の品質証明は自分自身の確信の上に立って 
行動できる能力であり、

頑固さあるいはごうまんさゆえではない。

これらは防衛の表現であって、勇気とはいえない。

また報復のゼスチャーとしての立ち上がりでもない。

 


勇気とは誰かと戦うことが目的なのではなく、自分を守り向上させるためのものです。


また自分を守るためにまた向上するのを阻止しようとする存在と、戦うためのものです。


戦うことを目的に生きている人は、自分の中の敵意に気づきそこに取り組むことが重要です。

 



 

ロロメイの言葉 20

他人にほめてもらいたいために

自分の生命をささげるというパターンを脱却しはじめるとき

最大の勇気を必要とするとりわけ困難な段階は

その人たちの期待の下で生きていながら

その人たちに「彼らが法律をつくる権利を拒否」するということである。

これはもっとも戦慄すべき段階である。

 


これは十四番目でお伝えした親にとっての掌中の玉でありながら


少しづつ自分の権利を確立していくということです。


状況的に一緒にいながらもまたは近い距離にいながらも自分を主張していくことのむずかしさです。


でも子供の場合はそうして生き抜くしかありません。

    



 

ロロメイの言葉 21

「人間があやまちを犯すのは臆病だからだ」とニーチェは言う。

つまりわれわれが真実が見えないのは

書物の読み方が不十分ということではなく

あるいは十分な学位をもっていないということではなく

われわれに十分な勇気が欠けているということである。

 


このチャンネルでも、頭ではすっかり理解できたのに最初の一歩が出ない理由はまさにこの勇気が出ないからだと思います。


もし本当に勇気を出したいなら自分の寿命があと1年だと考えてみたら良いのではないでしょうか?


時間はどんどん過ぎていきます。


今のままで良いですか。

    



 

ロロメイの言葉 22

真実直視は

自己を意識できる人間の能力にかかっている。

人間はこのようにしておかれている

直接の状況を越えでることができ

「人生をまじめに眺め人生を全体として 
把握できるのである」




 

私たちの目指すゴールはまさに真実直視であり現実をごまかさずにまっすぐに見る勇気だと思います。


それに対して今までの努力は真実を見ないための努力であり、現実から逃避するための妄想でした。     

   


いかがでしょうか。



私たちの目指すゴールはまさに真実直視であり現実をごまかさずにまっすぐに見る勇気だと思います。


それに対して今までの努力は真実を見ないための努力であり、現実から逃避するための妄想でした。


いかがでしょうか


考えたら子供の潜在能力を見つけてそれを支援する親がいる一方で、


子供の潜在能力に気づかないどころか、子供が自分でそれに気づいたら、それを潰していくような親もいるのです。


もしあなたの親が後者のような親だったのなら、まずは自分に「よくここまで生きてこられた」と褒めて欲しいです。


まずはそのような環境で生き抜いてきたことを「すごいことなのだ」と立ち止まってください。


このようにたくさんの悩めるひとが、ロロメイの言葉によって、この不合理な事実に気づき、今までのように他者に絡んで現実逃避をするのをやめて自分の足で進む「勇気」を持ってもらえたら良いと思います。 

   

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