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2020年11月25日水曜日

勇気をくじいた子供に何ができるか?

 



突然ですが・・・


「勇気をくじく態度」ってどんなものだと思いますか?


これは、勇気をくじかれた方へという動画で、このような人が、相手の勇気をくじく・・つまり、勇気を失わせてしまうという話をしました。


勇気をくじく人


1.恐怖によって何かをさせようとする人

2.悲観的なマイナス思考の人

3.原因志向の人

4.人の話を聴けない人

5.重箱の隅をつつくような人

6.皮肉っぽい人


あなたもこのような人に、しつこくされて、勇気をくじいた経験はないでしょうか?


その逆に、親などが子供にしてしまっている場合もあります。


先日、勇気をくじかれた方へという動画を出した時に、このようなコメントをもらいました。


子供の勇気をくじいたのは私だったんだと気付かされました。

立ち直らせる為に私にできることはあるのだろうか?


ということです。


最初に言っておくと、このように「自分のことだ」と思ってくれる親は、すごく稀です。


つまり、それだけで子供にとっては救われることです。




その上で、このようにコメントをしました。


こちらは、ツイッターでつぶやいたのですが・・・





できることはあると思います!


「信じること」です


子供の能力も、自分の信じる能力も、です


細やかな対処をするよりも、どんと構えて信じる。




こんな感じです。


信じるって何?


・・・て考えていくと、「信じるって何?」となるかもしれないので、信じることについて考えてみました。



「信じる」の反対の言葉は、「期待する」と言っている人がいました。


確かに、しっくりきます。


期待とは、私なりに一言で言うと、見返りを期待するとか、想いが伝わるなどに、期待という言葉がぴったりするように、思いました。


辞書では、このように書いてありました。


ある人がそれをするのを(他の人が)あてにし、心待ちに待つこと。 

将来それが実現するように待ち構えること。


期待とは、何らかのことが実現するだろう、と望みつつ待つこと。また、当てにして待つこと。 期待する気持ちのことは「期待感」と言う。期待どおりにならないことを「期待外れ」と言う。


とも書いてありました。


確かに、信じるの反対は、期待かもしれません。


そして、期待は人を苦しめます。


芦田愛菜さんの「信じる」


芦田愛菜さんは、信じることをこのように言われてました。


その人を信じているのではなく、自分が理想とすることに期待しているのではないか。

だから期待とは違うことがあると裏切られたと思うけど、その人が裏切ったわけではなく、見えていないところが出てきた。

それを受け入れられるかが大事ではないかと思いました。


また、このように付け足したそうです。


揺るがない信念を持つのは難しい。

だから理想の人物像にすがりたいのではないかと思いました。


もう素敵過ぎますね。




私なりの信じる


信用と信頼


ここで、私なりの信じるを言葉にしていきたいと思います。


よく、信頼と信用をごちゃまぜにしていることが多くあります。


今回はこの二つから、「信じること」を考えていきたいと思います。


まず、信用とは、信用残高とかあるように、契約とかビジネス上で使う言葉です。


どれだけこの人は支配い能力があるのか、などが信用です。


これは、まず疑いありきなわけです。


それに対して、信頼はかえってこないことも多いはずです。


「信頼したけど裏切られた」という話はよく聞きます。


つまり、信用はあとで裏切られることのないように、四方を固めるための方法


それに対して、信頼は、あとで裏切られても裏切られた人が納得できる「覚悟」のことだと思います。


つまり、信頼は「信頼しよう」と思うまでが肝心で、あとはあまり関係ないはず。


そりゃあ、関係ないことはないし、裏切られたら辛いけど、それは仕方のないことではないでしょうか。


つまり、人を信頼できる人は、その人の中の問題であり、その信頼をお返しするかどうかは、あまり関係ないと思います。


そう、人を信頼できる時点で、その人は成熟した人間であり、深く考えた結果だと思います。


それはあとで裏切られても、その人の価値は揺らがないのだと思います。


実際に、信じようと覚悟を決めた人は、そのあとのことなど、あまり気にしてないような気がします。


それがたとえ詐欺師であったとしても、「私としたことが・・」と笑って終わらせるように思います。


逆に、信頼ではなく、信用をしていた人は、必死になってお金を取り戻そうとしたりするのかもしれません。



これは、自己責任ということも大きいです。


信用には、自己責任という感覚がないので、お互いに損失なく利益を求め合う。


ただし、人間はそういう欲の深い生き物だから、お互いにフェアになるように、法律などが作られている。


信頼には、そういう規定とか法律はない。


ただ、目の前の人が、自分にとって信頼できるのか、裏切られても許せるのかが大事だと思います。



ただ、このようにいうと、どんな人にも寛容になることが、成熟した人間だと勘違いしてしまう人もいますが、それは違います。


人を信頼できる人が、最初に信頼しようか、やめようかと決めるのは、人生をかけた真剣な勝負だと思います。


だからこそ、後悔がないのです。


つまり、このような人から信頼されるのは、どんな金銭などよりも、深い味わいがあります。


また、自分がそうして信頼できる相手を見つけられたなら、それは生まれてきた意味、とも言えます。



子供と自分を信じること


つまり、最初の話に戻りますが、子供の勇気をくじいてしまったかたに、私がお伝えしたのは、「信じること」でした。


この信じるには、二つの意味があります。


それは、子供の能力と、自分を信じる能力です。


子供の能力を信じる


子供の能力とは、自分の力で立ち直る能力です。


質問された親御さんが、何も支援しなくても、自分の力で勇気を得ていくには、他者の援助が邪魔になることがあります。


まず「自分でやった」という子供の達成感を、取り上げないようにしてください。


きっと、見守るよりも、手出しをしたほうが楽な人が多いでしょう。


でも、信頼があればあるほど、自分の欲のままに動いてはいけないのです。


黙って信じて待つことほど辛いものですが、それは子供にも伝わります。


これが、信じるパワーです。


見せかけではない、本物の信頼です。



子供を信じる自分の能力を信じる


ここで、二つ目の、自分の信じる能力です。


自分に信じる能力がないと、ついつい先に手出しや口出しをして、「あんたがダメだから」などと言い訳します。


これこそが、自分に信じる能力がないのに、それを子供のせいにして言い訳をしている構図です。


これが、まさに、勇気をくじく養育態度です。


もし、本気で子供に立ち直って欲しいなら、「何もしない」そして「信じる」修行を始めてください。


ぜひ、応援していますので、やってみてください。





勇気をくじかれた方へ


信じるということ



子育てにはアドラー心理学いいですよ・・


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