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2020年11月17日火曜日

復讐は蜜の味?

 


以前に「復讐したい」「復讐したい」とやたら連呼する人がいて、ちょっと驚いたのですが、タイトルのように、復讐をすると決めると、ワクワクしてやる気が出てくる人が研究的にも多いようです。(読んだ本をリンクしておきます→自信過剰な私たち

そうならば、私の心のどこかにも「復讐したい」という気持ちがあって、日々何かに少しづつ復讐しているのかもしれません 😈

では、どうして人は、復讐をしたくなるのでしょうか?

私は、依存と敵対心が大きく関係していると思います。

依存と敵対心とは、全く逆のようにも思えます。

例えば、すごく人懐こく積極的に絡んできた人が、その人の思う反応をしないと(多分、反応を最初から想定しているはず)、今度は強烈に怒ってくる、などはよくあることです。

妄想的な恋愛などでもそうですね・・。

これも、依存と敵対心です。

依存の結果、期待した報酬がないので、今度は敵だ!となるのです。

「勝手に依存(期待)しながら、報酬がないと切れるなんて!」という正論は置いておいて、このような思考が自動的に〜流れるように〜出てくるのだと思います(まさしく自動思考)。

このことからも、依存の強い人が、生きづらさを感じる理由が、すけて見えてきます。

このように、相反する感情(両価感情)を共存させたままで生きているのが、そもそもストレスなのだと思います。

依存したい人に敵対心を持つのも・・

敵対心を持つ人に、依存しようと思うのも・・

どこかに無理があります。

これは、前のブログで「安全基地」の話をしましたが、まさしく「安全基地」を持たない人が陥りやすい思考パターンのように思います。

「安全基地」を持つ人なら、そんな面倒なことしないで、「さっさと切り上げて、自分の居場所へ戻ろう」となるはず。

でも、「安全基地」を持たないなら、そうやって嫌な人に依存したり、依存した相手に復讐したりして、とりあえずの居場所を見つけたり、時間をつぶしをします。

では、どうしたらこのような繰り返しを止めることができるのか?

言ってしまうと簡単だけど、自分の居場所を「安全基地」とまではいかなくても、少しは安心できる場所にすること、ではないでしょうか。

つまり、

  • 敵対心を持つ人からは離れる
  • 依存する気持ちは、抑えるようにする(自分に依存する)


このような意識化をすると、少しづつ偏った人間関係や思考が、希釈されていくように感じます。

イメージでは汚れた水が、少しづつ新しい水を加えることで、綺麗になっていくような感じです。

一変に変えたくなってしまう気持ちを抑えるのも、大切です。

一変に変えるのは、すぐにさっぱりして気持ちが良いけど、目立つので反対とかを受ける危険もあります。

本当にやりたいことは、しっかりとした計画と、さらにひっそりと始めることです。


ただその前に、自分が依存と敵対心を持っていることに、気づくことですね・・

これが、一番難しいのだけどもっ。



・しがみつく女と殻に入る男の共通点

   共依存的な恋愛パターンを繰り返しているかたは、ぜひ。



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