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2020年9月1日火曜日

「死生観」の作りかた


 あなたは、「この先どう生きていくか」などを考えたことはありますか?

最近、若いかたが命をたつというニュースをよく見かけます。 このようなことからも、私たちは死生観について考えるタイミングなのかもしれないと思いました。 この先、どのように生きていけば良いかわからないかたや、死について色々考えているかたに聞いてほしいと思います。
今日は、このような話をしたいと思います。 前半は 生きたくも死にたくもない 後半は 生きるために考えたいこと


これまで私たちは「死生観」と言うか、「生」ばかりを重視して、「死」については「見ざる言わざる聞かざる」状態だったように思います。

でも、なんか変な感じがしませんか?

例えば、100歳まで生きると言いますが、それって可能でしょうか?

そんな目標を立てて、生きる気が湧いてくるでしょうか。

このような人は、今のまま数十年キープすると言う前提なのでしょうが、そんなことあるのでしょうか?

なんか、すごく嘘っぽい気がしませんか?

「わからない」が正解ではないでしょうか。

でも、このような考えがまかり通っている気がします。



だから、本気で死のうと悩んでいる人も、近くの人にそのような気持ちを打ち明ければ、「おかしくなった」などと言う扱いを受けて、「そんなことは考えるな」と、まるで悪いことをしたような扱いを受けます。

これは、二重に辛いですよね。

死ぬほどまでに辛い上に、そう思ったことを責められる。

このような生ばかりを重視した「死生観」は、間違っていたのだと思います。

だから多くの人が、ひっそりと死を選ぶのかも。

本当は、死ぬ権利もあるし、死にたいと言う気持ちが湧くのは罪ではないのです。

ただ、それだけに「死生観」には、いい加減に向き合うのではなく、大切なことだからこそ、時期が来たらきっちり本気で向き合う必要があると思います。

誰になんと言われようと、決して揺るがないと言う「死生観」を作るのです。


では、どうやって「死生観」と向き合えば良いの?

「死生観」と言うと、小難しい感じがしますが、言ってしまえば「生きる予定」と「死ぬ予定」です。

別になん年後にとかではなく、「こうなるまで生きる」とか「ここまできたら死ぬ」でも良いです。

これを自分で決められたら、これからは誰からもコントロールされる危険はありません。

その予定に沿って、ただひたむきに「生きる」だけです。

私たちが無気力になるのは、自分のやったことが結果に反映しない時です。

また、自分を自分でコントロールできないと言う感覚を味わった時です。


今こそ、自分の手で「死生観」を作り、その時までは誰からもコントロールを受けずに、自分のコントロールの元で生きるのです。 ・・・動画もどうぞ!


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※自動音声になります。苦手な方はご遠慮ください。

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